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大阪地方裁判所 昭和39年(ヨ)3768号 判決 1965年4月22日

申請人 盛田正雄 外一名

被申請人 近江絹糸紡績株式会社

主文

被申請会社は、申請人両名を被申請会社加古川工場の従業員として取り扱い、かつ昭和三九年七月九日から申請人盛田に対し一ケ月金二七、六六〇円の割合による金員を、申請人吉川に対し一ケ月金二六、〇四〇円の割合による金員を毎月末日限り支払え。

訴訟費用は被申請会社の負担とする。

(注、無保証)

事実

一、申請人らの主張

(一)  求める裁判

主文同旨の判決。

(二)  申請の理由

申請人盛田は昭和二八年三月、同吉川は同年一二月いずれも被申請会社に雇傭され昭和三九年七月八日当時被申請会社加古川工場に勤務していたものである。

ところが、被申請会社は昭和三九年七月八日以降申請人両名に対し同日付で懲戒解雇したことを理由に就労を拒否している。

昭和三九年七月八日当時、被申請会社から毎月末日申請人盛田は一ケ月金二七、六六〇円、同吉川は一ケ月金二六、〇四〇円の各平均賃金の支払を受けていた。

申請人両名は、右賃金収入のみで生活している者であつて、申請人盛田は、妻と生後三ケ月の一子を、同吉川は妻と生後一年一〇ケ月の一子を夫々扶養しているもので、本案判決をまつていては著しい損害を受けるので、これをさけるため主文同旨の判決を求める。

(三)  被申請会社の主張に対する答弁および再抗弁

1  答弁

被申請会社主張の後記抗弁事実は認める。

もつとも、配転拒否は懲戒事由や懲戒解雇の対象となり得ないものである。

2  再抗弁

被申請会社の申請人両名に対する本件転勤命令は、申請人両名がいずれも日本共産党に関係があり、その思想を信奉することを理由とした差別的取扱によるものであつて、労働基準法第三条に違反し、無効である。従つて、申請人両名が右転勤命令に従わないことを理由とする本件懲戒解雇も無効である。

すなわち、被申請会社は昭和三九年四月初頃三〇〇名の希望退職者を募集したが、同年五月一〇日までの間に約五二九名の者がそれに応募して希望退職し、申請人両名の勤務する加古川工場でも九六名が希望退職した。

ところで、右希望退職者募集期間中である同年四月三〇日申請人吉川は、被申請会社加古川工場高橋事務部長に呼び出され「今までのような考えで働いていてもらつては困る、今までの考えでやつていて大丈夫と思うか、今後転勤もある、共産党をどう思うか」等と質問され、暗に希望退職するか、反党の立場を明示することを要求され、同年五月六日、同工場下村労務係から、右の返答を強く求められた。

申請人盛田は、同年五月六日右高橋に呼び出され「やめてもらいたい」といわれ、同月七日右下村から「君は共産党の党籍もある、長浜、岸和田へ行つてもらうこともあるがどうか」等と質問され、希望退職を強く要求された。

ところが、申請人両名がこの希望退職に応じなかつたため、被申請会社は同年五月二七日申請人盛田に対しては長浜工場へ、同月二九日同吉川に対しては岸和田工場へ転勤するよう命じたものである。

そして、申請人両名の勤務する加古川工場において、申請人両名と同じく工員であるものは、他に転勤を命ぜられていないこと、本件と逆に長浜、岸和田両工場から加古川工場へ転入した従業員もあること、右長浜工場、岸和田工場は閉鎖され操業を中止しており、数名の保安要員が勤務するのみであり、申請人両名が保安要員となるのは、職種も全く異にすることになるものでかような場合には、条理、慣習上事前の了解が必要であるのに転勤につき予め意見を求められたことはないことなどの事実によれば、被申請会社が申請人両名に対してなした本件転勤命令は、申請人両名が共産党の思想を信奉することを理由とした差別的取扱いであることが明らかである。

二、被申請会社の主張

(一)  求める裁判

申請人両名の申請はいずれもこれを却下する。訴訟費用は申請人両名の負担とする旨の判決。

(二)  申請理由に対する答弁および抗弁

1  答弁

申請人両名主張の申請理由事実中、保全の必要があることは争うが、その余はいずれもこれを認める。

なお、申請人両名は、本件懲戒解雇後被申請会社から離職票の交付を受け、失業保険金の給付を受けているから、保全の必要性はない。

2  抗弁

被申請会社は、申請人両名が加入している申請外近江絹糸紡績労働組合との間に締結されている労働協約二二条および被申請会社の就業規則二六条にもとずき、昭和三九年六月一日申請人吉川に対して、岸和田工場へ転勤するよう、同月二日申請人盛田に対して、長浜工場へ転勤するよういずれも命じたうえ、労働協約二三条、就業規則二七条により一週間以内に赴任することを求めた。

ところが、申請人両名は右転勤命令に従わず、右期間に赴任しないので、被申請会社は申請人両名に対し、労働協約八〇条四号により七日間の出勤停止処分に付した。

その後も、申請人両名が赴任しないので、被申請会社は同人等に対し、労働協約八二条一号にもとずき、同年七月九日懲戒解雇する旨通知した。

なお、労働契約は民法六二三条によつて明らかなとおり、不特定債務であつて、その特定権は使用者側にあるから、転勤命令は適法であり、労働者がそれに従わない場合は、これに対し懲戒解雇し得るものである。

(三) 再抗弁に対する答弁

申請人両名主張の再抗弁事実中、その主張のとおり被申請会社が希望退職者を募集し、その主張のような応募者があつたこと、長浜工場、岸和田工場は操業を中止しており、数人の保安要員が勤務するのみであること、を認める。その余の事実はいずれも否認する。

なお、本件転勤命令は、被申請会社における希望退職確定後の人員配置是正のために行つたものである。すなわち右希望退職により岸和田工場では保安要員三名全員が、長浜工場では保安要員六名のうち四名が退職しその補充が必要となつた。一方申請人らは加古川工場において仕上げないしは操業日専に従事していたが右部門が外注作業に切り替えられることになり過剰人員を生じた。而して申請人両名は加古川工場に於て特に必要とする経験や能力に乏しく、二六、七才の健康体で工場看守保安に適するものと被申請会社が認めたので、本件転勤を命じたものである。

三、証拠<省略>

理由

一、当事者間に争いない事実

申請人盛田は昭和二八年三月、同吉川は同年一二月いずれも被申請会社に雇傭され、昭和三九年七月八日当時申請人らはいずれも、被申請会社加古川工場に勤務し、同会社から毎月末日申請人盛田は一ケ月金二七、六六〇円、同吉川は一ケ月金二六、〇四〇円の平均賃金の支払を受けていたこと、被申請会社が同日以降申請人両名の就労を拒否していること、申請人両名は右賃金収入のみで生活している者で、申請人盛田は、妻と生後三ケ月の一子、同吉川は妻と生後一年一〇ケ月の一子を扶養していること、被申請会社が、申請人両名の就労を拒否しているのは、抗弁事実記載のとおり、申請人両名が、昭和三九年六月一日被申請会社から受けた転勤命令に従つて赴任しないため、労働協約の定めるところにより出勤停止処分を経て、同年七月九日被申請会社が申請人両名を懲戒解雇したことによるものであることは、いずれも当事者間に争いがない。

二、転勤命令の効力およびそれが労働基準法三条にあたるか否か等の判断

一般に労働契約は、労働者がその労働力の使用を包括的に使用者に委ねることを内容とするものであるから、使用者は労働者が給付すべき労働の態様を決定する権限を有するものであり、従つて使用者が業務の都合により労働者に配置転換ないし転勤を命ずることは、それが労働諸法に違背する場合及びそれが労働者の生活関係に重大な影響を与えずにはおかないことから認められる合理的な制約に違背しない限り適法であるといわなければならない。而して被申請会社のなした転勤命令についてみるに、成立に争いのない乙二号証、三号証、証人藤田豊松の証言によると、被申請会社と申請人両名が当時加入していた申請外近江絹糸紡績労働組合との間に締結されている労働協約二二条には、「会社は業務の都合により組合員に転勤または応援を命ずることがある」旨定められてあり、被申請会社の就業規則二六条にも右同旨の定めがあることが疎明され、本件労働契約においても使用者である被申請会社は前記制約に違背しない限り、適法にその従業員に対し転勤命令を発する権限があるものと解され、したがつて、右命令に労働者が従わないときは、労働協約の定めるところにより被申請会社はその者に対し懲戒解雇をなすことも許されるといわねばならない。

そこで、本件転勤命令が、申請人両名が日本共産党の思想を信奉することを理由としてなされた差別的取扱いであるか否かについて判断するに、成立に争いのない甲三号証、四号証の各一、二、その方式および趣旨により公務員が職務上作成したものと疎明されるから真正な公文書と推定すべき甲二号証の一、二、証人藤田豊松の証言により真正に成立したことの疎明がある乙一号証、前記乙二号証、三号証、証人藤田豊松の証言、申請人両名各本人尋問の結果を総合すれば次の事実が疎明される。

(一)  被申請会社は企業合理化のため、昭和三九年四月二日希望退職者三〇〇名を募集することを決め従業員に希望者を募つたところ、同年五月一〇日頃までに約五二九名の応募者があり、退職したが、その希望退職者応募期間中に共産党から、会社の希望退職応募に強く反対する旨のビラが被申請会社加古川工場の従業員に頒布された、一方被申請会社は右希望退職者を求めるため、全員カウンセリングと称して、従業員全員に管理者が面接し、退職者を応募し、加古川工場では、四月二九日頃右カウンセリングが行われたが、同工場においては右全員カウンセリング終了後、それとは別に共産党を支持していると目される者十余名がとくに同工場高橋事務部長、友成労務課長などに呼び出され、退職の勧告を受けたり、共産党について質問され、各人のペンネーム等をただされたことがあり、ことに同工場紡糸部勤務の従業員吉野某は、その際友成労務課長から申請人盛田は共産党の細胞長であるだろうと確められており、また右希望退職者応募期間中に開かれた前記労働組合の職場大会において、同工場勤務の従業員葛西某は岡本係長から「会社は今回の希望退職募集に際し、共産党の者を排除していく方針だから、あまり騒がない方がよい」と云われたことを発表して抗議した。そして、申請人盛田も五月六日頃、高橋事務部長に、工場二階事務室へ呼び出され、強く退職の勧告を受け、翌日、さらに下村労務係員に二階の会議室へ呼び出され、「君は共産党の党籍もあるが、どうするのか、『アカハタ』新聞を知つているか、申請人吉川が、水野に職場で『アカハタ』新聞や学習を勧めているのはいけないことだ」等といわれたが、それに対しては何も答えなかつた。申請人吉川も、四月末日頃高橋事務部長に呼び出され、「君は従前どおりやつていてよいと思うか、共産党をどう思うか、転勤などもあるぞ」などといわれ、これに対し同申請人は共産党は好きだと答え、さらに五月六日頃下村労務係員に呼び出され、「高橋事務部長から聞いたことに対する返答はどうか」と聞かれたが、返事を要する話は聞いていないと答えたが、同申請人は、被申請会社の労使が推進しようとしている工場の自動化について公聴会を開いて反対し、また組合大会で、民社党一党を支持する組合の方針に反対したことがあり、申請人らは被申請会社の労使からこころよく思われていなかつた。

(二)  一方、被申請会社は希望退職者が所期の目標である三〇〇名を超えて五二九名の退職者が出たため、人員配置を是正する必要が生じ、本社人事部で人事異動計画を立て、計六八名の異動を行つたが、加古川工場に対しては主任級に達しない者二名を長浜、岸和田両工場の保安要員として転出するよう割り当て、人選は工場長に一任していたが、前記労働協約一八条には、「会社は組合員の配置、異動等に際して本人の事情を考慮する」旨の定めがあり、就業規則二五条にも同旨の規定があつて、本人の事情を考慮すべきところ、申請人両名が配転を命ぜられた岸和田、長浜両工場は昭和三四年頃から操業を休止し、保安要員数名が、工場機械の看視警備にあたつているにすぎないもので、両工場の保安要員は今回の希望退職に応じほとんど全員が退職しており申請人両名と同じく主任級に達しない者で彦根工場から岸和田工場の保安要員へ配転を命ぜられた高田弘は発令後退職している。而して加古川工場における前記二名の選考基準は、人員の点からみて、操業課勤務の者であること、三十才未満で、健康明朗であること、特殊技能を有するものでないこと等の点を考慮したにすぎず、加古川工場では希望退職後人事異動を行つている点からみれば、特に操業課勤務者に限らず、広く他課からも選考して、工場内異動で人員の平準化をはかる余地があつたこと等から考えて申請人らに本件転勤を命ずるに当り適正な配慮がなされたとみる根拠に乏しいものである。

(三)  被申請会社は、申請人両名に対する本件懲戒解雇について、就業規則三五条二項但書により労働基準法二〇条三項にもとずく予告手当支給の除外認定を労働基準監督局に申請したが、同局がこれに難色を示したためと手続の煩をさける目的で、解雇予告手当を申請人両名に提供したが、この受領を拒否されたので、弁済供託をしている。

以上の点を綜合すると、本件転勤は従前から加古川工場の工員として働いていた申請人両名にとつては、全然職種を異にし、しかも一般に何人でも嫌忌するものと認められる火の消えたような休業中の他工場の管理を職務内容とする保安要員への配転であり、相当重大な勤務条件の不利益な変更であると考えられるのにかゝわらず、適正な配慮のもとになされなかつたものであり、右転勤命令はいずれも、申請人らの主張するとおり申請人らが共産党の支持する思想を信奉することを理由としてなされた差別的取扱であることが一応推測できる。

そうすると本件転勤命令は、いずれも労働基準法三条に違反して無効であるから、申請人両名がこれに従わなかつたのは正当な理由があるので、前記労働協約八〇条四号に定める出勤停止等の基準である「就業に関する指示、命令にゆえなく服しないとき」に該当せず、右懲戒処分を付し得ないものであり、また、同協約八二条一号に定める「懲戒処分を受け重ねて八〇条各号に該当し改悛の情が認められないとき」にあたらないものである。したがつて、申請人両名に対する本件懲戒解雇は、労働協約に定める懲戒事由に該当しないから、同協約七八条に定める「会社は組合員に対しこの節に定める場合のほか懲戒しない」との懲戒制限条項に反するものであつて、無効であると解される。

三、保全の必要性の判断

申請人両名は、被申請会社から支払を受ける賃金のみで生活し、申請人盛田は、妻と生後三ケ月の一子、同吉川は妻と生後一年一〇ケ月の一子をそれぞれ扶養していることは前記のとおり当事者間に争がなく、証人藤田豊松の証言、申請人両名の各本人尋問の結果を総合すると、申請人両名は、本件懲戒解雇後被申請会社から離職票の交付を受け、失業保険金の給付を受けていることが疎明されるが、失業保険金の給付はもともと一時的、応急的な救済にすぎずその支給の金額や期間に限度があるものであつてみれば申請人両名は本案判決をまつていては著しい損害を受けるからこれをさけるため本件仮処分を求める必要性が認められる。

四、結論

以上のとおりであるから、被申請会社に対し、申請人両名を被申請会社加古川工場の従業員として取扱い、かつ昭和三九年七月九日から申請人盛田に対し月額金二七、六六〇円の割合による金員を、申請人吉川に対し月額二六、〇四〇円の割合による金員をいずれも毎月末日限り支払うことを求める申請人両名の本件仮処分申請はいずれもその理由があるから、保証を立てさせないでこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 中原恒雄 荻田健治郎 吉川義春)

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